ブログの量と質。

 このところ、更新するための更新、記事を書くための記事を書いているな、と思う。

 別に悪い事ではない。
 まず、「1年で100記事を書く」という目標を掲げているし、目標ではないにしろ「粗製乱造でもいいからとにかくブログを更新して、まず『ブログを書く』という行為を習慣づける」という意識で、予め決めた日には確実に更新できるように取り組んでいる。
 これはそれほど間違った努力ではない、筈だ。

 

 収益化がどうとか紹介している意識の高いアドバイス系ブログでは、「とにかく最初は毎日記事を更新しろ、なんなら一日に数記事を投稿しろ」と書かれていたりする。

 私の場合、今のところそういうつもりは薄いから(以前も書いたがアドセンスをペタペタ貼るのは嫌だし、アクセスアップについて考えるのも鬱がもっと改善しない事にはキャパオーバーだ)、更新頻度はそこまで高くない。
 書いている内容も特に役立つものでないし、他人が読んで面白いかどうかも、今はまだ殆ど考えていない。
 まさに、更新するための更新を続けている。
 上記のようなアドバイス系ブログでも「良い記事の書き方は沢山書かないと身につかない」とは書かれているが、かと言って何も考えずに書いていても上達しないことは、実は身に染みて知っている――ブログではないが、「何か」をずっと書き続けてきた人種だから。

 

 ……つまり、私は今、若干、自分の粗製乱造ぶりが嫌になってきている。

 いや、いや、何を言っとるのだ、と自分でも思う。まだまだ更新の習慣化には程遠い状態であると感じているし、デジタルで書く時に特有の悪癖とも対話が足りてないと思う。
 平たく言って、また出来栄えを気にすべきレベルに立ててないぞ、と思うのは事実だ。

 しかし……しかしである。
 なまじっか「書く」ことに慣れていて、自分の文章に対する理想が高いばっかりに、更新するための記事を一発書きして公開するたびに
「なんだこの駄文は!!!! しね!!!!!!」
「ダラダラ書いてんじゃねぇ殺すぞ!!!!!!」
「お前は!!!! いつも!!!! そうだ!!!!!」
「こんな書き方で上達する訳ねーだろハゲ!!!!!!!!!!」
 ――と、いう気分になる。
 とても精神衛生に悪い。

 

 自己否定癖から脱して、心の持ちようについてもあれこれと考え、自身にとって良い主人となろうと決心したものの、意外なところに意外な罵倒の種が隠れていたものだ、と少し頭が痛い。

 が、それでも今やってることは正しいと思うので
「うるせぇ今はこれで良いんだよ!!!!!!!!! 私は今とても進歩してるんだよ!!!!!!!!!!」
 と、自分で自分を殴り返し、今日もこんな記事を公開するのだ。